#1 読書感想文

 九才。夏休み最後の日。ぼくは読書感想文の宿題に困っていた。手元に手ごろな本が無く、何となく理解し易そうな内容で手に取ったのが、『宇宙のふしぎ』という当時の子ども向けの図鑑だった。
 分かっていた。ちゃんと理解していた。読書感想文の題材に、図鑑を選ぶことのおかしさを。それでも、ぼくは妙に興奮し切っていたのだ。止まらなかった。大容量の絵と僅かな説明文を元に、只の図鑑を恰も大宇宙について語られた著書のように仕立て上げた。つまりぼくは、読書感想文を書く前に、その為の存在しない架空の本を創作するところから始めたのだ。 
 もちろん分かっていた。原稿用紙を埋める方が先だ。他にも終わっていない宿題は幾つもあった。さっさと終わらせて、次の宿題へ進む方が先決だ。でも止まらなかった。確かタイトルまで付けたと思う。今からぼくは、この本を読んで感想文を書くのだと自分に言い聞かせた。最終的には著者の名前、目次やページ数まで書き出して、もしもこの存在しない本の感想文が入選でもしたらどうしようとまで考えた。
 結局、そんな事態にはならず、嘘を追及されるようなこともなかったのだけど、何だか寂しい気持ちにもなった。そんな覚えがある。自分が創作した架空の本の存在に触れられることを、ぼくはどこかで期待していたのだ。たとえ咎められるようなことになったとしても。
 「偉い学者さんの論文みたい」
 唯一の反応といえば、返却の際に担任の先生が評したこの一言。架空の著書を完成させる為、図鑑の説明文を書き落としたそのままの流れで原稿用紙に移ったぼくの感想文は、どうしても大人びた。
 もっと子どもらしい内容を望んでいた。先生のそんな一言だったんだと思う。でも当時のぼくは、これを純粋に誉め言葉として受け取った。
 宇宙について論文を書こうと思ったのが丁度この頃。現在四十四歳のぼくは、今のところそれとは程遠い文章を書いている。

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